橋本拓哉の怪我の具合や復帰はいつ?東京五輪出場の可能性や結婚についても

 

 

東京オリンピックの聖火リレーが始まり、日本でも徐々にオリンピックムードが広がって来ています。

良い反応もあれば悪い反応も出ていますが、きっと良い形で開催され盛り上がってくれると信じています。

そこで今回は、オリンピックでの活躍が期待される男子バスケット日本代表。

オリンピックでの活躍が期待される選手であり、東京オリンピックを諦めることとになってしまった選手がいます。

大阪エヴェッサ所属の橋本拓哉選手。橋本選手について今回は御紹介したいと思います。

 

  • wiki風プロフィール
  • 高校・プロ入り・大学進学・プロ~日本代表
  • 怪我の状況
  • 復帰や東京オリンピック出場の可能性
  • 結婚について

ではまずはプロフィールから見ていきましょう。

 

スポンサーリンク

橋本拓哉のwikiプロフィールは?

名前:橋本 拓哉(ハシモト タクヤ)

生年月日:1994年12月3日 (2021年3月現在、年齢 26歳)

出身地:大阪府大阪市

身長・体重:188cm、83kg

足のサイズ:

ポジション:SG(シューティングガード)

愛称:タクヤ、タクヤさん

経歴:ヒューマンアカデミー高等学校〜大阪エヴェッサ〜芦屋大学〜大阪エヴェッサ

 

バスケットとの出会い

もともと橋本選手は小学校時代から野球をやっていました。

全国制覇の実績を持ち、関西選抜にも選ばれます。

関西選抜では、チームメートに現、阪神タイガースの北條史也選手がいます。

2人はバッテリーを組んでいたそうです。

中学に入学した際にバスケットボールへ転向します。

理由としては周囲にバスケットをやる友人が多かったこと、休憩時間にバスケットをして楽しいと感じたことで、中学入学を機にバスケットへ挑戦することを選びます。

 

1度目のプロ入り

高校2年生の時に大阪エヴェッサの親会社であるヒューマンホールディングスが運営するヒューマンカレッジへ入ります。

ここで橋本選手はプロへの意識を持つこととなります。

ヒューマンカレッジでは大阪エヴェッサのトップチームと共に練習ができたりと、身近にプロ選手を感じることができる環境でした。

そこで、東京で行われた合同トライアウトへ参加し、大阪エヴェッサよりドラフト指名されます。

当時は17歳でした。史上最年少でbjリーグ出場を果たします。中学で恥じたバスケがキャリア4年ほどでプロの舞台に立つことになりました。

まさに天才と言う言葉がふさわしいのではないでしょうか。

まだまだ気持ちの面で成熟をしておらず、周囲からの目やプレッシャーから辛い時間にもなったようです。

そこで、自身の人生を考えるために契約の延長はせず、大阪エヴェッサを退団し、高校卒業後に芦屋大学への進学を決めます。

 

大学時代〜2度目のプロ選手へ

プロ選手としての継続ではなく、進学を選んだ理由として、高校時代より体育教員になりたいという目標があったことが大きかったのです。

大学4年生になってもプロへ戻る気はなく、教員採用試験を受験しています。

※芦屋大学時代にはbjリーグ時代に大阪エヴェッサを3年連続日本一へ導き、現在の大阪エヴェッサHCである天日謙作氏の指導を仰いでいます。

4年生の5月に当時の大阪エヴェッサGMである清水良規(元日本代表HC、現トライフープ岡山U15HC)に声をかけられます。

プロにならずに何をしているのか?と言われたそうです。Bリーグが始まるタイミングで声をかけられたことでチームに戻ることを決めたのです。

天才が1、教員というのも勿体無いことです。

17歳当時とは異なり、やっていけるという感覚を覚えることができたようです。

大阪エヴェッサ生え抜きのエースの誕生となりました。

 

橋本拓哉は日本代表に

大阪エヴェッサでの活躍が認められ、日本代表への招集もされ始めます。

常に試合にでるようなメンバーとまではいきませんが、東京オリンピックを見据えたメンバーとして期待を受けるようになります。

しかし、そう上手くは物事は進みません。

 

2018年にジャカルタで行われたアジア選手権に日本代表として参加。

大会開催期間中に、永吉選手(京都ハンナリーズ)、佐藤選手(当時、滋賀レイクスターズ)、今村選手(当時、新潟アルビレックスBB)と4人で日本代表のジャージを着用したままで、夜の街へいき、買春をしてしまう不祥事を起こします。

日本へ4人は帰国し、1年間の出場禁止の処分を受けます。

4人は各チームで奉仕活動などを行い、バスケット選手としての地位を失います。

橋本選手は大阪エヴェッサ社長である安井直樹氏と共に寺などでの修行や、障害者施設での手伝いなどをし、表舞台には全く姿を見せないこととなります。

2019−20シーズンより本格的に復帰を果たします。

橋本選手はコメントで「社会人としての考え方や行動、プロスポーツ選手であるべき姿を一から見つめ直すとともに、たくさんの方々のご声援・ご支援のもと、素晴らしい環境でバスケットボールをさせていただいていたことを改めて実感し、学ぶことができました。すべての方々への感謝の気持ちを忘れず、真摯にバスケットボールに取り組み、皆さまにご迷惑をおかけした分を取り返すべく、これまで以上に努力し、精進してまいります」と自身の置かれている環境を見つめ直して、反省をして戻ってきました。

 

復帰後の2019年11月に3人制バスケ『3×3』の男子日本代表として再び日の丸を着ることとなります。

2020年2月には5人制の代表へも復帰を果たします。

 

3人制、5人制どちらでも東京オリンピックへ出場が期待される立場にまで戻ってきました。

そして2020−21シーズンは大阪エヴェッサでエースとしての活躍を見せ、日本中へ良い形で知名度をあげて、注目される存在となりました。

しかし、またしても橋本選手へ壁が立ちはだかります。

 

橋本拓哉の怪我の状況は?

2020−21シーズンの佳境に入ってきて、チームはCS進出を目標に良い状況であった2021年3月3日にホーム「おおきにアリーナ舞洲」で行われた信州ブレイブウォーリヤー戦の第4Qにアクシデントが起きます。

相手選手の足につまずいてしまい、その場で右足を抑えてうずくまりました。一度は自身で立ち上がり、ベンチへもどろうとしましたが、再び倒れこみアリーナ全体へ響くほどの絶叫を橋本選手がしました。

担架で運ばれていき、数日後にチームからリリースされた診断結果は「アキレス腱断裂」

全治は7ヶ月。

チームがこれからという時期、更にオリンピックが控えるというタイミングであまりに酷な怪我となってしまいました。

残念でなりません。

 

橋本拓哉の怪我からの復帰や東京オリンピック出場の可能性は?

個人的な推測にはなりますが、東京オリンピックへの参加は難しいと思います。

選手として復帰するのは、バスケットプレーヤーとして第一線に戻ってくるまでにどこまでかかるかわかりません。

しかし、3月下旬段階で手術を終えて松葉杖姿とはいえ、会場に姿を見せています。

この状況や同じ怪我をおった選手の経過などを踏まえると、10月下旬か11月上旬ではないかと推測します。

東京オリンピックは難しいと思いますが、バスケットのワールドカップが2023年に控えています。そこで力を発揮してもらいたいと思います。

不祥事のあともパワーアップして帰ってきましたし、今回もきっとパワーアップして帰ってくると思います。

私たちブースターはエースの帰還を信じて待ちたいと思います。

大歓声で迎えましょう。彼の帰還を。

 

橋本拓哉の結婚について?

今回の怪我や不祥事など苦しい時期を過ごす際には家族や彼女の支えがあると思います。

結婚に関しては公表されていないので、はっきりとしたことは言えませんが、未婚であると思います。

橋本選手はルックスもよく、非常にモテると思います。

噂はチラホラ入ってきますが、確証のようなものはない状況です。

現在はどのような方とお付き合いしているんでしょうね。

また、家族の話もほとんど情報として出てきません。

あまりプライベートなことを話さない橋本選手なので隠しているのかもしれませんね。

橋本選手の辛い時期、時間を支えてくれる人がいてほしいと願うばかりです。

 

まとめ

まだまだ、一般的には知名度が低い選手かもしれませんが、将来有望で天才が大阪にいるということを知ってもらえたら嬉しいです。

東京オリンピックは諦めることになると思いますが、彼は必ず這い上がってきます。

バスケファンだけではなく、様々な方々に知っておいてほしい選手です。

スポンサーリンク