中田珠未の両親や身長は?中学・高校・大学などwikプロフィールや経歴のまとめ

 

 

東京五輪開幕が迫って来た中で、注目してほしい競技があります。

それはバスケットの3×3女子代表。

2021年5月にオーストラリアで開催されるFIBAW杯予選で上位3チームに入ることで東京オリンピック出場権を獲得できるため大きな挑戦となります。

 

今回は3×3女子日本代表の中田珠未選手についてご紹介したいと思います。

  • wiki風プロフィール
  • 中学・高校・大学
  • 家族

 

についてまとめてきました。

知っておいて損はないのでぜひ覚えていください。

 

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中田珠未のwiki風プロフィールは?

  • 名前:中田 珠未(ナカタ タマミ)
  • 生年月日:1997年12月21日 (年齢 23歳)
  • 出身地:東京都
  • 身長:183cm
  • 体重:74kg
  • 血液型:O型
  • 経歴:麹町学園女子中学校~明星学園高等学校~早稲田大学~ENEOSサンフラワーズ

 

中田選手のバスケットとの出会いは中学1年生の時に、小学校から吹奏楽を行っていたのですが、進学した中学で自身の希望する楽器のパートがなく落ち込んでいた際に、友人に誘われてバスケット部に入部したことでした。

周りの選手は経験者が少なかったため、当時170cmと背が大きかった中田選手はすぐに試合に出場。

 

転機を迎えたのは中学校3年生の時、バスケットの強豪校である明星学園に転校したことでした。

明青学園のアシスタントコーチに熱心に誘われての転校。

明星学園のでは系列高校の練習にも参加しますが、レベルの違いに対応できず別メニューとなり泣く毎日となりました。

辛くて辞めたいと思う時もありましたが、逃げ出せる環境ではなかったといいます。

 

そんな努力の成果もあって、明星高校での最高成績はインターハイベスト4に!

個人としては1年生の時に、U-16女子日本代表としてアジア選手権に、翌年にはU-17女子日本代表として世界選手権に出場するなど頭角を表し始めます。

 

大学は両親といとこが通っていた早稲田大学を選択。

高校時代には実業団から誘いはあったが、大学を出ておきたいという考えから進学しています。

1つ学年が上の田中真美子(現、富士通レッドウェーブ)がいたことや代表で一緒にプレーした澁谷咲月(東京羽田ヴィッキーズ)が進学を選んだことも影響しました。

早稲田大学ではユニバーシアードの女子日本代表に選出、大学3年生のときにはB代表ではありますが女子日本代表としてアジア競技大会に出場。

翌年には今度はA代表入りを果たし、試合出場はなかったがチームのアジアカップ4連覇を経験しました。

 

プロ入りはWリーグのENEOSに入団。

日本一の練習量を誇るENEOSで揉まれることで成長が出来ると考えてのことでした。

日本代表だけでなく、チームでの今後の活躍にも期待です。

 

中田珠未の中学・高校・大学は?

麹町学園女子

中田珠未選手のお父様は転勤の多い仕事だったので、小学校は4回も転校しています。

中高一貫校の麹町学園女子の入学!

明星学園からの誘いもあったのですが、小学校では転校が多かったので、6年間一緒に友達と楽しく過ごしたいという思いが強かったんですね。

住所:〒102-0083 東京都千代田区麹町3丁目8

 

明星学園中学・高校

しかし、明星学園からの熱心な誘いがあり中学3年生の時に「明星学園中学」に転校しています。

高校のチームで練習を始めたというので、それは辛かったでしょう!

 

  • 名称:明星学園中学校・高校
  • 住所:〒181-0001 東京都三鷹市井の頭5丁目7−7

 

明星学園は自由とグローバルを大切に小・中・高を運営する学校法人です。

主な卒業生は

  • 岩下志麻(女優)
  • 加賀まりこ(女優)
  • 小栗旬(俳優※中退)

芸能人など様々なタレントを輩出しています。

 

早稲田大学

中田珠未選手は早稲田大学がご卒業されています。

  • 名称:早稲田大学
  • 住所:〒169-8050 東京都新宿区戸塚町1丁目104

 

1920年に大隈重信が創設した大学。大学の略称は早大と呼ばれています。

文武両道の大学であり、多くのタレント・スポーツ選手などを輩出。

中田珠未の家族

 

中田選手の人生で大きな影響を与えたのが両親です。

お父さんが早稲田大学のバスケ部OB、お母さんははバレーボール部OGであり、その縁があり早稲田大学へ進学したのです。

そのため、早稲田大学バスケ部OBの方には「小さいときから(私のことを)知っているんだよ」と声をかけられる存在でした。

高身長は両親のスポーツマンの血を引いているとなると納得ですよね。

ちなみにお父さんはバスケットを勧めたりは全くせず、娘の成長を見守っておられました。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか。

小学校から取り組んでいた吹奏楽が中学で続けれなかったこと、友人がバスケットボール部に入ったから入部して2年後には強豪校へ転校と人生には何がキッカケで変わっていくのかと感心させられる中田選手の歩んできた道です。

今後はどんな道を歩んでいくのでしょうか。

楽しみに応援したいと思います。

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